森と怪物(3)

「お前たち、一体何者だ?」
「誰の許しを得て私たちの森へ入ってきたのかしら?」

突然、あちこちから声が聞こえてきました。気がつくといつの間にか、若い女性たちに周りを囲まれていました。彼女らはみな、人間離れしたとても美しい姿をしています。おそらくこれが、若者たちの言っていたものなのでしょう。

「あ、あんたたちこそ、一体誰の許しを得てうちの旦那を……」

鍬を持っていた女がそう言いかけると、美女の一人が音もなく背後に移動しました。どういう訳か、女はさっきまで美女がいた方向に鍬を構えたまま、動くことができません。他の女たちも同様に、動きを封じられていました。

「お前たち、あの村の人間か」
「男たちを連れ帰りに来たって訳ね」

美女たちが口々に言います。

「やっぱりあんたたちの仕業なのね!早く村の男たちを返してちょうだい!」
「うちの子は無事なんでしょうね!?」

村の女たちは、唯一動かせる口で次々と喚き散らします。

「女に用はない。帰れ」
「彼らは返さないわよ」

しかし美女たちは、その声にまったく耳を傾けようとはしません。村の女たちは身動きが取れないまま、睨み合いが続きます。

「妙な術なんて使ってんじゃないわよ、この怪物」

村の女の吐き捨てるようなその言葉に、美女たちは眉を不快そうにぴくりとうごかしました。

「怪物?心外だな。我らは森の精霊」
「ほんと、失礼しちゃうわね」

不機嫌そうに美女――森の精霊たちは横目で村の女たちを睨みつけます。

森の精霊。それは怪物の話よりも古い伝承で、数百年に一度男たちを惑わし精気を吸うことで子供を作るのだといいます。森の怪物の話は、そこから生まれたというのでしょうか。

「いいから早く男たちを返しなさいよ」

単なる作り話だと思っていた存在の出現に混乱しながらも、震える声で女が言います。

「…………いいだろう。連れ帰れるものならやってみろ」

しばしの沈黙のあと、森の精霊がそう言うと、村の女たちの身体に自由が戻りました。

それから女たちは、精霊たちに促されて森を進んでいきます。そこで彼女らが見たものは、行方が分からなくなっていた村の男たちの姿でした。

「あなた、こんなところにいたのね!?」
「ほら、早く帰るよ」

女たちは口々に呼びかけますが、すっかり森の精霊たちの虜になったらしい男たちは、虚ろな目をしたまま何の反応も示しません。

「もう、何してるのよ!」

若い娘は恋人の腕を引っ張りますが、びくともしません。村の女たちは途方に暮れました。

「どうしたの?連れ帰るんじゃなかったのかしら?」

嘲笑うように森の精霊が言いました。

「子供は?子供たちはどこにいるのよ!?」

森に入った子供の母親が叫びます。

「それならあっちにいるわよ」

精霊がうんざりしたように指差した先を見ると、いなくなっていた子供たちが美しい少女たちと楽しそうに遊んでいました。おそらく少女たちもまた、森の精霊なのでしょう。男たちとは違い、子供たちは元気そうにはしゃいでいます。

子供の無事をひとまず確認し、母親たちはほっと胸を撫で下ろしました。

一方で、他の女たちは必死に男たちに向かって呼びかけ続けています。しかし、どれだけ声をかけても、押しても引いても、男たちは少しもその場を動こうとはしません。ただ、精霊たちに囲まれ恍惚とした表情を浮かべるだけでした。

「諦めて早く帰るんだな」
「そうよ、これ以上人間たちの相手なんてしてられないわ」

森の精霊は冷たく言い放ちます。

女たちも、男たちを村に連れ帰るのは不可能だと悟り始めていました。しかし、このまま帰る訳にはいきません。

「せめて……せめて子供たちだけでも返してちょうだい!」

女たちは声を振り絞るように言います。

それに対して、精霊たちは互いに顔を見合わせ、それから、
「……いいだろう、子供は返してやる。その代わり、大人しく村に帰って今後二度と森に近づくな」
と言いました。

こうして女たちは、何とか子供たちだけは取り返すことができましたが、村は多くの働き手を失うことになりました。

老人たちは、
「やはり村には恐ろしい怪物がいたのだ」
と口々に言いました。

村の女たちは、いなくなった男たちや村のこれからのことを考え、ただただ悲嘆に暮れるばかりでした。そして、それからみな疲れきって、ぐったりと眠り込んでしまいました。

その夜、夫を取り戻すことができなかった村の女の一人が、ふらふらと村の外れ、森の方向へと歩いていきました。その手には、火のついた木の棒が握られています。

女は暗闇の中、森の入り口に辿り着くと、そこで火を放ちました。

辺りが炎で照らされ、女の顔が浮かび上がります。その表情は、笑っているようでした。

そして、女は軽やかな足取りで家に戻っていきます。あとには、勢いよく燃え盛る森だけが残されました。

炎は一晩で、森のおよそ三分の二を焼きました。

村の女たちはそのことを知ると、みなおかしそうに笑い出しました。誰が火を放ったか、そんなことはどうでもいいことでした。

それから、二度と村人が森に近づくことはありませんでした。

「――という訳で、森を荒らす恐ろしい怪物たちは、最後に森を焼いてしまいました。おしまい」

木々の傍で、女が子供たちにお話をしていました。

「うわあ、怖いよお」
「怪物ってひどーい」

子供たちは怯えたり、腹を立てたりと、それぞれの反応を示します。

その様子に、女は優しく微笑みかけ、
「そうね、だから森の外には出ちゃいけないのよ。恐ろしい怪物がいるからね」
そう言って子供たちの頭を撫でました。

(完)