平凡な日常に飽き飽きしてた俺の前に、とうとう異世界トラックが現れた!(2)
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その出現を待ち侘びていた俺には分かる。あれは紛うことなき異世界トラックだ。トラックはこちらに向かっている。どんどん近づいてくる。心臓が高鳴る。その時俺は、宿題のことなど忘れるくらい、猛烈に興奮していた。とうとう俺の前にも非日常が訪れたのだ!
次の瞬間、俺はトラックの前に飛び出していた。考えての行動ではない。呼吸をするように、瞬きをするように、ごく自然に身体がそうしていた。
そして、目の前が真っ暗になった。次に目覚めたら、そこは異世界――
「おめでとう、あなたが記念すべき千人目だね」
誰かの声で目を覚ます。気がつくと、俺は一人の少女を見下ろしていた。
俺は……一体……――
混乱する頭に、一瞬遅れて記憶が蘇る。そうだ、俺はとうとう異世界に転生したんだ。恐らく目の前の少女は、案内人のようなものなんだろう。それにしても千人目?いくら何でも転生しすぎなんじゃないのか。
「あはは、そうだね。本当に長かったよ」
少女は笑う。言ってることはよく分からない。それよりも、何だか、どこかで彼女と会ったことがあるような――そんな奇妙な感覚があった。
「それにしても、まさか自分から飛び出してくるなんてね……まあいいや。とにかくあなたのおかげで元に戻れたよ、ありがと。それじゃあね」
何だか訳の分からないことを言って少女は俺に向かって手を振ると、そのまま立ち去ろうとする。あれ?この娘が異世界を案内してくれる訳じゃないのか?
彼女を追いかけようとするが、うまく身体が動かない。転生したせいか、さっきからずっと身体に強い違和感があって、慣れるまでに少し時間がかかりそうだ。
「うーん……あ、そうだ」
少し先で少女は立ち止まると、俺の方を振り向いた。
「このまま帰るのも何か可哀想だし、念のため言っておくけど、ここ、異世界じゃないからね」
異世界じゃない……?一体、どういうことなんだ?俺は確かに、異世界トラックに――
「周り、よく見てみなよ」
意識がはっきりしてようやく周囲の景観が目に入ってくる。俺がさっきからずっといたのは、異世界トラックと遭遇した、あの大通りの交差点だった。
さ、さては平行世界とかいうやつだな?そう思いながら再び少女に目を向けると、彼女は俺に向かって鏡を突き出していた。女子がよく持ってる、折り畳みの、何か可愛らしいやつ。
そこに映っていたのは、トラックだった。
「あなただよ」
どうやら俺らしい。って、一体どういうことだよ!?
「私がトラックになって転生させたのが、あなたでちょうど千人目だったから。あなたが次のトラックになるんだよ」
彼女もトラックだったらしい。何なんだ、その出来の悪い都市伝説みたいな話は。いくら異世界だからって、それはあんまりだろう。
そう口に出したつもりだったが、声が出ない。代わりに鏡の中でトラックのライトが点滅するだけだった。
「大丈夫、千人転生させればこの通り元に戻れるから」
そう言って、彼女は今度こそ本当に俺の前から立ち去った。
姿が見えなくなってから、俺は彼女に見覚えがあった理由に気がついた――あいつ、去年から行方不明になってる西沢だ。小学校の時、一度だけ同じクラスだったから何となく顔を覚えていたのだ。異世界転生したとか噂されていたが、まさかトラックになっていたとは。まさか、俺がトラックに転生するとは!
いや、トラックはないだろトラックは。さっきのは何かの冗談だろう――俺は大人しくいつもの日常に帰ろうとしたが、聞こえてきたのはエンジン音だった。ブロロロロロ。何か走り出してしまった。どうするんだこれ。俺は過ぎ去った日常のありがたさを噛み締めながら、彼方へと駆け出した。
朝が訪れた。今日もいつも通りの日常が始まる。俺は今日も転生させる相手を探すべく、辺りを巡回する。
最近ようやくこの身体にも慣れてきたが、道路には建物や信号だとか、他の車だったり、とにかく障害が多い。西沢が一年かかったのが、長い方なのか短い方なのか俺には分からないが、千人転生させるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
ふと、前方に信号のない道路を横断しようとする学生の姿を確認する。俺はいつも通りの手順でスピードを上げ、近づいていく。
――ああ、早く元の生活に戻って、今度こそ異世界に転生したい!いつも通り、俺は考えるのだった。
(完)
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