僕は妹の夢を見る。

「にいさま!」

それはいつも、幼い妹が海辺で無邪気にはしゃいでいる場面から始まる。恐らく、僕の中の一番古い妹の記憶なのだろう。

そして夢の中の妹は、僕の記憶を辿るように成長していく。

水のように流れていく記憶の中の妹は、僕に様々な表情を見せる。

年月を重ね、どんどん美しくなっていく妹。時折見せる仕草や表情が、年齢よりも少し大人びて見える。かと思えば、年相応の少女らしい振る舞いを見せたりもする。

少女と女の間に揺れ動く妹は、何とも言えない輝きを放っていた。

そして――

「に……さ、ま……」

最後に流れるのは、いつも真っ赤に染まった妹の姿。

妹は、虚ろな瞳で。その目は僕を映しているのか。それとも別の何かを見ているのか。赤が、どんどん流れる。妹は、身体をぴくりと震わせて。それから、動かなくなった。

妹が死んだところで、僕は目を覚ました。視界には、ただただ白い天井が広がっている。けれど、僕の脳裏には鮮烈な赤色がこびりついていた。

僕はベッドから身を起こす。白い無機質な部屋。冷たい静寂が身を包む。

「にいさま、おはよう」

記憶の中の妹の声に、僕はおはよう、と小さく返す。妹のいない朝を迎えるのは、そしてこの夢を見るのは、もう何度目になるだろうか。何度見ても、決して慣れることのない悪夢――いや、ただの悪夢ならどれだけよかっただろうか。でも、妹は現実に死んでしまったのだ。殺されて、死んだ。

妹と僕は少し年が離れていて、五つ違いだった。

幼い頃、身体が弱く友人ができなかった妹は、僕だけが話し相手だった。身体が丈夫になって外で遊ぶことができるようになってからも、妹は友人と過ごすよりも僕といる時間を好んだ。僕はそんな妹を心配する振りをしながらも、妹が僕を選んでくれることに喜びを感じていた。

やがて妹も思春期を迎える頃になったが、妹は変わらず僕を慕った。妹は日常の様々なことを僕に話して聞かせた。周囲には兄弟姉妹を煩わしく思う者もいたが、僕は妹に対してそのように感じたことは一度もなかった。

いつしか妹は、ただ無邪気なだけの幼い存在ではなくなっていた。妹が時折見せるその表情の、僕へと向けるその視線の、その意味が僕にはよく分かっていた。僕はそれに気がついていながらも、素知らぬ振りを続けた。

そうしなければならなかったのだ。僕たちは、兄妹なのだから。

互いに同じ想いを抱いていると知っていても、僕たちはその感情を晒け出すことは赦されないのだ。

けれど、日に日に美しさを増していく妹への感情を抑え込むことは、僕にとって非常に耐え難いことであった。

僕たちは、仲のよい兄妹を演じながらも、悶々とした日々を送った。僕たちは同じ気持ちなのに。同じことを望んでいるのに。

このような歪んだ欲望を抱くようになる前は、僕たちは一体どのように互いと接していたのか、もう思い出すことができなかった。

歪んだ?兄と妹だから、自然ではない?互いの想いを殺して、なかったことのようにして、仮面を被って暮らしている今の方が、よっぽど不自然で、歪んでいる。僕たちはもう、昔には戻れないのだから。

僕は、僕たちは、この感情を押し込めるべきではないのだ。僕たちは、同じなのだから。

だから、ある日、僕は――

「駄目よ、にいさま……。私たちは、兄妹なのよ……」

絞り出すような妹の声。違うんだ。もう我慢しなくてもいいんだ。否、溢れ出るこの感情を、我慢などできるはずがないのだ。僕たちは、同じだから。同じになるのだ。

けれど、妹は。悲しい目を僕に向けて。静かに首を横に振って。何故?どうして拒絶できる?

僕たちは同じ気持ちを抱いているんだ。この感情を抑えることなど不可能なのだ。辛いだろう?苦しいだろう?僕はこんなにも胸が張り裂けそうだ。なのにどうして。

僕たちは、同じではなかったのか?

妹は死んだ。殺されて、死んだ。誰が殺した?そんなことはどうだっていい。妹はもういない。僕は独りになった。

僕は妹の夢を見る。

白い無機質な部屋。冷たい静寂が身を包む。

(完)